反精神医学

反精神医学とは、1950年代後半から1960年代にかけて、伝統的な精神医学の理論と治療上の処置に対して提起された批判的な思想運動。

主な批判内容は、

・異常とみなされた人々の強制入院は基本的人権の侵害である

・精神医学は社会的逸脱にある種の精神病というラベルを付与する社会統制(social controlの一形態である

・狂気がアサイラム(asylum)の必要性を産み出すのではなく、アサイラムが狂人の必要性を産み出す

・診断上のカテゴリーが表現しているのは、中立的な科学ではなく支配的な一群の価値なのであり、こうした診断上のラベルが使用されることによって精神的に病んでいる人々に烙印が押される(stigmatize)

・精神医学が利用している電気けいれん療法のような治療上の処置は、人間の尊厳を傷つけるものであり、その効果も不確かなものである。

最初の、『異常とみなされた人々の強制入院は基本的人権の侵害である』
まず最初に異常とみなすのはだれかというと、間違いなく家族だろう。そしてその次は親戚や友人あるいは近隣といった、ようするに本人を中心とした平面図において物理的に距離のない人たちだ。最終的に法規や国家、精神科医が判断したとしてもその前に家族等が異常を認めなければならない。
テクノロジー犯罪が家族から、近隣からターゲットをトラブルメーカーに仕立て上げるのはそのためだろう。
逆をいえば円の中心さえ平常でいれば強制入院はまぬがれるわけだが、強制入院をまぬがれたとしても、加害自体が止まるわけではない。
個人的にはそれでも円の中心は平常でいたいと思う。

日本において精神病床数が世界平均より、群を抜いて多いことは広く知られていますが、しかし日本のおいてもここ近年においては、直接精神病床数の制限には着手してこそありませんが、精神医療報酬は減額されつづけました。それによって精神病院は単純に『儲からなくなった』わけです。それによって精神病院数も精神科医も減少していることは事実であります。
しかしこの政策がもたらされたのは精神医学の批判者からは、この政策がもたらされたのは、主に入院加療費の増大によるものである、と主張しているのは皮肉なことである。

『精神医学は社会的逸脱にある種の精神病というラベルを付与する社会統制(social controlの一形態である』
これについては、たとえば一党独裁の旧ソ連等でおこなわれていた政治犯等への迫害といった例ではわかりやすい。
では民主主義下においてのそれは一体どのような例であるかというのは難しい問題だ。
民主主義下ではナチスや旧ソ連のようなあからさまな精神医療乱用は行われない。かわりにテクノロジー犯罪のような不可視的弾圧が存在するが、そもそも不可視であることが大きくて認知度が極めて低い。
そもそもテクノロジー犯罪では犯人の特定が困難である。また可能性として国外よりの冷戦的精神侵略の可能性すらある。

『狂気がアサイラム(asylum)の必要性を産み出すのではなく、アサイラムが狂人の必要性を産み出す』
asylumとはここの例でいえば、閉鎖病棟のことである。テクノロジー犯罪の場合はそれのもたらす拘束力自体が閉鎖監獄となる恐れがある。
つまり、テクノロジー犯罪によって狂人とアサイラムが同時に作られる可能性があるわけだ。
こんなことをいっても被害者以外には何のことか理解し難いのは承知の上で、要は目に見えるもののみがすべてではないとだけ理解していただくのみでも幸いである。

『診断上のカテゴリーが表現しているのは、中立的な科学ではなく支配的な一群の価値なのであり、こうした診断上のラベルが使用されることによって精神的に病んでいる人々に烙印が押される(stigmatize』

すでに1950年代後半から1960年代において、診断上のカテゴリーは中立的な科学ではないことが大きく認知されていたわけである。これにはナチスドイツが皮肉にも反面教師となっていることが容易に想像できる。
では現代民主主義において診断上のカテゴリーが中立的であるかというともちろんNOだ。


『精神医学が利用している電気けいれん療法のような治療上の処置は、人間の尊厳を傷つけるものであり、その効果も不確かなものである。』
これについては、いまだにこのような中世のような治療方法がまかりとおっていること自体が呆れるばかりだ。
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私が述べているのは精神医学不要論ではない。あくまで精神医学は基本的に治療のために存在し、たとえ、テクノロジー犯罪のような外部攻撃のようなケースでも精神医学等による治療の必要や、やむを得ぬ自由制限の必要は理解しているつもりだ。
多く問題になっている電磁波犯罪問題は、精神医学の乱用ではなく精神工学の乱用だ





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プロフィール

広島県人

Author:広島県人
2011年頃、明瞭な音声送信や明らかな身体の操作感覚によってはじめてテクノロジー犯罪と呼ばれる電磁波攻撃を認識することができました。
しかしその後の他被害者のブログやコミュニティーの情報などで、以前から長く続いていた異様な体調不良や不幸が運命操作と呼ばれる脳科学を悪用したものによる原因であることを強く疑うようになりました。
このホワイト犯罪は不可視であり、また証拠が取れないため解決が非常に困難で、被害者自身でも誤認識が多々発生いたします。可能な限り憶測は避ける内容にしたく存じます。

お問い合わせや、ご連絡はこちらのメールアドレスまでよろしくお願いいたします。
lectual@gmx.com

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